2012年12月20日
出版までの道のり・・・29
今日、
「第10章」と「終章」の確認が終わり、すべての原稿が完成しました。
7月の終わりに書き始めてから5か月間。
私は今の自分を、14年前の自宅や病室に立たせて、
目の前にいる当時の私や渓太郎が見ているもの、
感じたことをひとつひとつ言葉に変えていきました。
するといつの間にか、思い出として心の中にいたはずの渓太郎が
私の胸の中で呼吸を始めていることに気がつきました。
そして気がつくと私は、心の中の渓太郎と会話をしながら文章を書いていたのです。
「あの時渓ちゃんはどんなふうに感じていたの?」
「ぼくはね、あの時もとっても幸せだったんだよ」。
「そっか、そっか。やっぱりね」。
そんなやり取りをしながら、書いた原稿は原稿用紙366枚。
本当に幸せな5か月間でした。
では、これが最後のご紹介になります。
第10章からの一部をご覧ください。
***** 第10章からの抜粋です *****
第十章 幸せ
・笑顔
それからの渓太郎はたどってきた成長を折り返すかのように、
今までできていたことが少しずつできなくなっていきました。
最後の外泊から一か月が過ぎたころには、
今までO脚に足を開いて座っていたお座りもできなくなり、
座って遊ぶときには私の支えが必要になりました。
渓太郎の後ろにぴったりとくっついて座いすのようになりながら私は、
時々、後ろから渓太郎をそっと抱きしめると、
頭を横に傾けて渓太郎の頭の上にほっぺを乗せました。
私の体の前面には、私よりも少し高い渓太郎の体温が伝わってきて、
私の顔の周りは柔らかな渓太郎のにおいで包まれました。
あまりの愛おしさに私はギュッと抱きしめて、
ほっぺで渓太郎の頭をなでながらつぶやきました。
「渓ちゃん」。
すると渓太郎はちょっと窮屈そうに頭を斜めにしながら、
小さな指でミニカーのタイヤをクルクルと回しました。
それから数日が過ぎたころには、渓太郎は座る体力もなくなり、
ほとんどの時間を寝て過ごすようになりました。
それからは渓太郎の右側に添い寝をしている時間が長くなったのですが、
私は添い寝をしている時、どうしても気になることがありました。
それは、渓太郎の体と私の体の間にできるわずかな隙間です。
それまでは抱っこをしていても、後ろから座いすのように支えていても、
私の体の前面はいつでも渓太郎の体にぴったりとくっついていて、
そこから伝わってくる渓太郎の温もりに、私はいつでもほわんとした幸せを感じていました。
それなのに添い寝をしていると、私と渓太郎との間には、私の左腕が入ります。
渓太郎にぴったりとくっついていたいのに、間に左腕が入ることがどうしても気に入らなくて、
私はその腕をどうにかしようとして、いろいろな体勢をとってみました。
まずは左腕を思いっきり自分の背中の方に回してみました。
すると渓太郎とぴったりくっつくことはできたものの、
左腕に私の全体重がかかって、しばらくすると腕がビリビリと激しくしびれてきました。
(うわッ。これはダメだ)。
次に左腕だけバンザイをしてみました。
すると、渓太郎にぴったりとくっつけた上に、
ひじをくの字に曲げると、腕がちょうどいい枕代わりになって、
(あ!いいかも!)と思ったのも束の間、
ピンと伸びた腕の筋がしだいに痛くなってきました。
(うわ・・・。これもダメだぁ・・・。なんかいい方法ないかなぁ)と思いながら、
上にあげていた腕を渓太郎の頭の方に下ろすとスッと体が楽になり、
左腕で渓太郎の頭を包むような形になりました。
(あー!これがいい!)
このスタイルはぴったりとくっつきながら、腕で渓太郎の頭も包み込めました。
そしてさらに、絵本を見せるのにもとっても便利でした。
渓太郎の左側に回った左手と右手で絵本をつかむと、
ちょうど渓太郎の目の前に絵本が開きました。
(これ、いい!)
私はこのスタイルで、渓太郎に絵本を読んであげたり、
ミニカーを見せてあげたり、
眠るときには渓太郎の頭にほっぺをくっつけながら子守唄を唄いました。
「渓ちゃん、渓ちゃん、大好きよ。
渓ちゃん、渓ちゃん、かわいいね。
渓ちゃん、渓ちゃん、大好きよ。
渓ちゃん、渓ちゃん、かわいいね」。
私に包み込まれている渓太郎はいつでも安心して、穏やかな顔をしていました。
そんな渓太郎の顔を見ていると、
柔らかな木綿のような幸せが私の心の中にどんどんと降り積もっていって、
その幸せが心の底に固まっている切なさを覆い尽くしてくれることもありました。
私はそんなふわふわとした幸せをくれる渓太郎の頭をなでながら、
何度も何度も言いました。
「渓ちゃん、ありがとうねぇ。 渓ちゃん、ありがとう」。
そんな穏やかな毎日を繰り返していると、入院してから二回目の冬がやってきました。
十二月の半ばを過ぎたころには、
渓太郎の口からはほんのわずかな声も聞くことができなくなり、
目をへの字型にして笑う力もなくなりました。
私はそんな渓太郎の姿を見ながら静かに思いました。
(これが渓太郎の命の流れなんだ・・・。 渓太郎が、今生きているってことなんだ・・・)。
そんな私の思いに同調するかのように渓太郎の命は、静かな方向へと流れ続けました。
その頃から私の心の中には、
渓太郎の命を見守るもうひとりの私が凛とした姿で立つようになりました。
それは私を支える、本当の私より強い私でした。
もう一人の私はいつでも心の中から私に声をかけてくれました。
「大丈夫! なにがあっても大丈夫!
あなたはこんな立派な渓太郎のお母さんなのだから・・・」。
もう一人の私の言葉は、心の中にあった「覚悟」の塊を少しずつ溶かしました。
(覚悟はもういらないよ)と言っているかのように、どんどん、どんどんと溶かしていって、
「覚悟」が全部溶けた時に、はっきりとわかりました。
(渓太郎の命に寄り添って歩けばいい。
渓太郎の命の流れを大切にしていけばいい。
私は渓太郎のお母さんなのだから・・・。
渓太郎のことを一番わかっているお母さんなのだから・・・)。
そう思った瞬間、もう一人の私が私の背中を押すように優しくつぶやきました。
(そう。 渓太郎が、「ぼくは幸せだよ」って言っているのがわかるでしょ)。
私は、もう「覚悟」が必要のない自分になっていました。
***** つづく *****
いつも読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。
原稿は書きあがりましたが、これからも続く出版までの過程を
「出版までの道のり」で随時お伝えしていきます。
「第10章」と「終章」の確認が終わり、すべての原稿が完成しました。
7月の終わりに書き始めてから5か月間。
私は今の自分を、14年前の自宅や病室に立たせて、
目の前にいる当時の私や渓太郎が見ているもの、
感じたことをひとつひとつ言葉に変えていきました。
するといつの間にか、思い出として心の中にいたはずの渓太郎が
私の胸の中で呼吸を始めていることに気がつきました。
そして気がつくと私は、心の中の渓太郎と会話をしながら文章を書いていたのです。
「あの時渓ちゃんはどんなふうに感じていたの?」
「ぼくはね、あの時もとっても幸せだったんだよ」。
「そっか、そっか。やっぱりね」。
そんなやり取りをしながら、書いた原稿は原稿用紙366枚。
本当に幸せな5か月間でした。
では、これが最後のご紹介になります。
第10章からの一部をご覧ください。
***** 第10章からの抜粋です *****
第十章 幸せ
・笑顔
それからの渓太郎はたどってきた成長を折り返すかのように、
今までできていたことが少しずつできなくなっていきました。
最後の外泊から一か月が過ぎたころには、
今までO脚に足を開いて座っていたお座りもできなくなり、
座って遊ぶときには私の支えが必要になりました。
渓太郎の後ろにぴったりとくっついて座いすのようになりながら私は、
時々、後ろから渓太郎をそっと抱きしめると、
頭を横に傾けて渓太郎の頭の上にほっぺを乗せました。
私の体の前面には、私よりも少し高い渓太郎の体温が伝わってきて、
私の顔の周りは柔らかな渓太郎のにおいで包まれました。
あまりの愛おしさに私はギュッと抱きしめて、
ほっぺで渓太郎の頭をなでながらつぶやきました。
「渓ちゃん」。
すると渓太郎はちょっと窮屈そうに頭を斜めにしながら、
小さな指でミニカーのタイヤをクルクルと回しました。
それから数日が過ぎたころには、渓太郎は座る体力もなくなり、
ほとんどの時間を寝て過ごすようになりました。
それからは渓太郎の右側に添い寝をしている時間が長くなったのですが、
私は添い寝をしている時、どうしても気になることがありました。
それは、渓太郎の体と私の体の間にできるわずかな隙間です。
それまでは抱っこをしていても、後ろから座いすのように支えていても、
私の体の前面はいつでも渓太郎の体にぴったりとくっついていて、
そこから伝わってくる渓太郎の温もりに、私はいつでもほわんとした幸せを感じていました。
それなのに添い寝をしていると、私と渓太郎との間には、私の左腕が入ります。
渓太郎にぴったりとくっついていたいのに、間に左腕が入ることがどうしても気に入らなくて、
私はその腕をどうにかしようとして、いろいろな体勢をとってみました。
まずは左腕を思いっきり自分の背中の方に回してみました。
すると渓太郎とぴったりくっつくことはできたものの、
左腕に私の全体重がかかって、しばらくすると腕がビリビリと激しくしびれてきました。
(うわッ。これはダメだ)。
次に左腕だけバンザイをしてみました。
すると、渓太郎にぴったりとくっつけた上に、
ひじをくの字に曲げると、腕がちょうどいい枕代わりになって、
(あ!いいかも!)と思ったのも束の間、
ピンと伸びた腕の筋がしだいに痛くなってきました。
(うわ・・・。これもダメだぁ・・・。なんかいい方法ないかなぁ)と思いながら、
上にあげていた腕を渓太郎の頭の方に下ろすとスッと体が楽になり、
左腕で渓太郎の頭を包むような形になりました。
(あー!これがいい!)
このスタイルはぴったりとくっつきながら、腕で渓太郎の頭も包み込めました。
そしてさらに、絵本を見せるのにもとっても便利でした。
渓太郎の左側に回った左手と右手で絵本をつかむと、
ちょうど渓太郎の目の前に絵本が開きました。
(これ、いい!)
私はこのスタイルで、渓太郎に絵本を読んであげたり、
ミニカーを見せてあげたり、
眠るときには渓太郎の頭にほっぺをくっつけながら子守唄を唄いました。
「渓ちゃん、渓ちゃん、大好きよ。
渓ちゃん、渓ちゃん、かわいいね。
渓ちゃん、渓ちゃん、大好きよ。
渓ちゃん、渓ちゃん、かわいいね」。
私に包み込まれている渓太郎はいつでも安心して、穏やかな顔をしていました。
そんな渓太郎の顔を見ていると、
柔らかな木綿のような幸せが私の心の中にどんどんと降り積もっていって、
その幸せが心の底に固まっている切なさを覆い尽くしてくれることもありました。
私はそんなふわふわとした幸せをくれる渓太郎の頭をなでながら、
何度も何度も言いました。
「渓ちゃん、ありがとうねぇ。 渓ちゃん、ありがとう」。
そんな穏やかな毎日を繰り返していると、入院してから二回目の冬がやってきました。
十二月の半ばを過ぎたころには、
渓太郎の口からはほんのわずかな声も聞くことができなくなり、
目をへの字型にして笑う力もなくなりました。
私はそんな渓太郎の姿を見ながら静かに思いました。
(これが渓太郎の命の流れなんだ・・・。 渓太郎が、今生きているってことなんだ・・・)。
そんな私の思いに同調するかのように渓太郎の命は、静かな方向へと流れ続けました。
その頃から私の心の中には、
渓太郎の命を見守るもうひとりの私が凛とした姿で立つようになりました。
それは私を支える、本当の私より強い私でした。
もう一人の私はいつでも心の中から私に声をかけてくれました。
「大丈夫! なにがあっても大丈夫!
あなたはこんな立派な渓太郎のお母さんなのだから・・・」。
もう一人の私の言葉は、心の中にあった「覚悟」の塊を少しずつ溶かしました。
(覚悟はもういらないよ)と言っているかのように、どんどん、どんどんと溶かしていって、
「覚悟」が全部溶けた時に、はっきりとわかりました。
(渓太郎の命に寄り添って歩けばいい。
渓太郎の命の流れを大切にしていけばいい。
私は渓太郎のお母さんなのだから・・・。
渓太郎のことを一番わかっているお母さんなのだから・・・)。
そう思った瞬間、もう一人の私が私の背中を押すように優しくつぶやきました。
(そう。 渓太郎が、「ぼくは幸せだよ」って言っているのがわかるでしょ)。
私は、もう「覚悟」が必要のない自分になっていました。
***** つづく *****
いつも読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。
原稿は書きあがりましたが、これからも続く出版までの過程を
「出版までの道のり」で随時お伝えしていきます。
Posted by なかみゆ/中村美幸 at 18:00│Comments(0)
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