2012年11月14日
出版までの道のり・・・24
昨日ようやく第6章が完成しました
第6章は初めて外泊に向かう場面から始まります。
***** 以下、その一部のご紹介です *****
・冬から春へ
久しぶりに見る広々とした景色の中を、
私は車の止めてある付添い家族専用駐車場に向かって歩きました。
家に帰れるのが二日間しかないと思うとほんのわずかな時間ももったいなくて、
私は病棟裏側にあるその駐車場までの道のりを、
右肩からは大きなバッグをかけて、左腕には渓太郎を抱っこして小走りで進みました。
春の風が吹いているせいなのか、私が小走りで進んでいるせいなのか、
病室では感じたことがないようなピリッとした新鮮な空気が、
私の顔から右の頬と左の頬に分かれて流れていきます。
「気持ちいいなぁ。 ねっ、渓ちゃん、お外気持ちいいねぇ」。
そう言いながら腕の中の渓太郎を見ると、
渓太郎は広々と解放された空間や少し強めの風に戸惑っているのか、
ニコリともせずに私の横っ腹にしがみついて、ちょっとソワソワしています。
「渓ちゃん、これからおうちに帰れるんだよ。 早くおうちに行こう!」
戸惑い気味の渓太郎に、私はわざと元気な声で言いながら一気に駆け出しました。
「それっ!」
私が走り出したのと同時に、渓太郎は私の腕の中で上下左右にゆさゆさと揺さぶられ、
それが楽しかったのか、渓太郎は急に元気になって
「キャ、キャ」と言って大喜びをしました。
そして、渓太郎が揺さぶられるのと同じように、
右肩からかけていたバッグもゆさゆさと揺さぶられ、私の右肩からズルッ、ズルッと外れてきました。
「うわ! バッグが落ちてきたぁ」。
落ちないように右肩をおもいっきりいかり肩にしてみても、
一度肩を外れたバッグは私が動くたびにズルズルっと落ちてきて、
ついにくの字に曲げたひじの部分にストンと落ちて止まりました。
「うわ! 重たーい」。
そんな叫び声に渓太郎は大喜びをしてバタバタと暴れます。
「うわ! 渓ちゃん、暴れちゃダメー!」
暴れて斜めになった渓太郎を抱き直すこともできずに、
私はどうにかわき腹の部分で横抱きにして荷物のように運びました。
「うー・・・。 車はどこー?」
バッグの重さと渓太郎の重さで、体の重心を下の方に持っていかれたままやっとの思いで歩くと、
しばらくして玄関裏の駐車場に着きました。
「あー、やっと着いた。 確か車はこの奥の方だったよなぁ」。
広い駐車場の中をキョロキョロと見渡しながら、
私は靴の底を引きずるようにして奥の方へと進んでいきました。
「確かこの辺だったはずだけど・・・。 どこだっけー。 うー・・・もう限界」。
すぐに車が見つからなかった私は、くの字に曲げた右ひじをピンと伸ばし、
ぶら下がっていた荷物をアスファルトの上にドスンと落としました。
そして、急に軽くなった右腕で、横になっている渓太郎を抱き直しながら、
私は周りをキョロキョロと見渡しました。
(白い車、白い車。 私の白い車はどこだ?)
そんなことを思いながらキョロキョロしていると、
なんだか周りのようすが初めて病院に来た時と違っていることに気がつきました。
(あれ?雪は?
駐車場の脇に固まっていた雪はどこに行ったんだろう。 あんなにいっぱいあったのに・・・)。
しばらく頭の中がはっきりせずに周りを見渡していると、
空気がちょっとほこりっぽく乾燥していることに気がつきました。
(あ・・・そうか・・・。 私の知らない間に外は春になっていたんだ・・・)。
二か月間ずっと、雨が降ることもなく風が吹くこともなく、
暑くも寒くもない、いつでも適温に保たれた病室の中にいた私は、
いつの間にか季節が変化することすら忘れていたのです。そんな自分に私はとてもびっくりしました。
(うわー。 本当にこんなことってあるの? これじゃあなんだか浦島太郎みたいだ・・・)。
私の頭の中では真冬から一気に春になってしまった感じがしていて、
それはまるでタイムマシーンに乗ったような、空間移動をしたような、
今まで感じたことがない不思議な気持ちでした。
私はそんな不思議な気持ちのまま、一本ずつ指を折りながら四季を順番に数えてみました。
「春、夏、秋、冬・・・。 春、夏、秋、冬・・・。
冬にここに来たから、今は春かぁ。 そっかぁ、もう春かぁ。 今は春なんだぁ」。
そんなことをつぶやきながら、辺りのようすを確認しつつゆっくりと奥に進んでみると、
駐車場の一番奥に止まっている私の車を見つけました。
「あった、あった! 渓ちゃん、ブーブーあったよ」。
私は人差し指で車を差して渓太郎に場所を教えながら、駆け足で車に近づきました。
そして、自分の車を目の前にした瞬間、私はハッとしました。
(あー・・・本当にこんなにも時間がたったんだ・・・。
あの日・・・。 あの日は確かに雪が降っていたよね・・・)。
目の前にある私の車には、二か月前初めて病院に来た時のようすと、
二か月間の時間の流れがはっきりと記録されていました。
車体の下の方には雪解け水がはねて付いた泥がそのままカサカサになってついていて、
車のボンネットにはうっすらと薄茶色の砂ぼこりがかぶっていました。
「あれから二か月がたったんだ・・・。 時間を忘れるくらい、ずっと必死になっていたもんね・・・」。
そう言いながら私はそんな二か月間を確かめるように、
ボンネットの上にかぶったザラザラとした砂ぼこりを人差し指で触りました。
すると、それを見ていた渓太郎も、私の腕から身を乗り出して、
一緒になってボンネットの上の砂ぼこりを触ろうとしました。
「あっ、渓ちゃん、お手て汚れちゃうよ。 ごめん、ごめん。 早くおうち行きたいよね」。
慌てて抱き直しながら渓太郎の方を見ると、
私の視界の端っこの方に、アスファルトの上に置き去りにされたままのバッグが小さく映りました。
「あ!渓ちゃん、荷物置きっぱなしにしてきちゃった!」
私は渓太郎を抱っこしたまま、駐車場の真ん中にポツンと放置されているバッグを取りに走りました。
「置いたまま行かなくてよかった!」
私はまたさっきと同じように右肩からバッグをかけて、
左腕に渓太郎を抱っこしながら車に戻りながら言いました。
「渓ちゃん、おうちに帰ろう!」
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第6章は初めて外泊に向かう場面から始まります。
***** 以下、その一部のご紹介です *****
・冬から春へ
久しぶりに見る広々とした景色の中を、
私は車の止めてある付添い家族専用駐車場に向かって歩きました。
家に帰れるのが二日間しかないと思うとほんのわずかな時間ももったいなくて、
私は病棟裏側にあるその駐車場までの道のりを、
右肩からは大きなバッグをかけて、左腕には渓太郎を抱っこして小走りで進みました。
春の風が吹いているせいなのか、私が小走りで進んでいるせいなのか、
病室では感じたことがないようなピリッとした新鮮な空気が、
私の顔から右の頬と左の頬に分かれて流れていきます。
「気持ちいいなぁ。 ねっ、渓ちゃん、お外気持ちいいねぇ」。
そう言いながら腕の中の渓太郎を見ると、
渓太郎は広々と解放された空間や少し強めの風に戸惑っているのか、
ニコリともせずに私の横っ腹にしがみついて、ちょっとソワソワしています。
「渓ちゃん、これからおうちに帰れるんだよ。 早くおうちに行こう!」
戸惑い気味の渓太郎に、私はわざと元気な声で言いながら一気に駆け出しました。
「それっ!」
私が走り出したのと同時に、渓太郎は私の腕の中で上下左右にゆさゆさと揺さぶられ、
それが楽しかったのか、渓太郎は急に元気になって
「キャ、キャ」と言って大喜びをしました。
そして、渓太郎が揺さぶられるのと同じように、
右肩からかけていたバッグもゆさゆさと揺さぶられ、私の右肩からズルッ、ズルッと外れてきました。
「うわ! バッグが落ちてきたぁ」。
落ちないように右肩をおもいっきりいかり肩にしてみても、
一度肩を外れたバッグは私が動くたびにズルズルっと落ちてきて、
ついにくの字に曲げたひじの部分にストンと落ちて止まりました。
「うわ! 重たーい」。
そんな叫び声に渓太郎は大喜びをしてバタバタと暴れます。
「うわ! 渓ちゃん、暴れちゃダメー!」
暴れて斜めになった渓太郎を抱き直すこともできずに、
私はどうにかわき腹の部分で横抱きにして荷物のように運びました。
「うー・・・。 車はどこー?」
バッグの重さと渓太郎の重さで、体の重心を下の方に持っていかれたままやっとの思いで歩くと、
しばらくして玄関裏の駐車場に着きました。
「あー、やっと着いた。 確か車はこの奥の方だったよなぁ」。
広い駐車場の中をキョロキョロと見渡しながら、
私は靴の底を引きずるようにして奥の方へと進んでいきました。
「確かこの辺だったはずだけど・・・。 どこだっけー。 うー・・・もう限界」。
すぐに車が見つからなかった私は、くの字に曲げた右ひじをピンと伸ばし、
ぶら下がっていた荷物をアスファルトの上にドスンと落としました。
そして、急に軽くなった右腕で、横になっている渓太郎を抱き直しながら、
私は周りをキョロキョロと見渡しました。
(白い車、白い車。 私の白い車はどこだ?)
そんなことを思いながらキョロキョロしていると、
なんだか周りのようすが初めて病院に来た時と違っていることに気がつきました。
(あれ?雪は?
駐車場の脇に固まっていた雪はどこに行ったんだろう。 あんなにいっぱいあったのに・・・)。
しばらく頭の中がはっきりせずに周りを見渡していると、
空気がちょっとほこりっぽく乾燥していることに気がつきました。
(あ・・・そうか・・・。 私の知らない間に外は春になっていたんだ・・・)。
二か月間ずっと、雨が降ることもなく風が吹くこともなく、
暑くも寒くもない、いつでも適温に保たれた病室の中にいた私は、
いつの間にか季節が変化することすら忘れていたのです。そんな自分に私はとてもびっくりしました。
(うわー。 本当にこんなことってあるの? これじゃあなんだか浦島太郎みたいだ・・・)。
私の頭の中では真冬から一気に春になってしまった感じがしていて、
それはまるでタイムマシーンに乗ったような、空間移動をしたような、
今まで感じたことがない不思議な気持ちでした。
私はそんな不思議な気持ちのまま、一本ずつ指を折りながら四季を順番に数えてみました。
「春、夏、秋、冬・・・。 春、夏、秋、冬・・・。
冬にここに来たから、今は春かぁ。 そっかぁ、もう春かぁ。 今は春なんだぁ」。
そんなことをつぶやきながら、辺りのようすを確認しつつゆっくりと奥に進んでみると、
駐車場の一番奥に止まっている私の車を見つけました。
「あった、あった! 渓ちゃん、ブーブーあったよ」。
私は人差し指で車を差して渓太郎に場所を教えながら、駆け足で車に近づきました。
そして、自分の車を目の前にした瞬間、私はハッとしました。
(あー・・・本当にこんなにも時間がたったんだ・・・。
あの日・・・。 あの日は確かに雪が降っていたよね・・・)。
目の前にある私の車には、二か月前初めて病院に来た時のようすと、
二か月間の時間の流れがはっきりと記録されていました。
車体の下の方には雪解け水がはねて付いた泥がそのままカサカサになってついていて、
車のボンネットにはうっすらと薄茶色の砂ぼこりがかぶっていました。
「あれから二か月がたったんだ・・・。 時間を忘れるくらい、ずっと必死になっていたもんね・・・」。
そう言いながら私はそんな二か月間を確かめるように、
ボンネットの上にかぶったザラザラとした砂ぼこりを人差し指で触りました。
すると、それを見ていた渓太郎も、私の腕から身を乗り出して、
一緒になってボンネットの上の砂ぼこりを触ろうとしました。
「あっ、渓ちゃん、お手て汚れちゃうよ。 ごめん、ごめん。 早くおうち行きたいよね」。
慌てて抱き直しながら渓太郎の方を見ると、
私の視界の端っこの方に、アスファルトの上に置き去りにされたままのバッグが小さく映りました。
「あ!渓ちゃん、荷物置きっぱなしにしてきちゃった!」
私は渓太郎を抱っこしたまま、駐車場の真ん中にポツンと放置されているバッグを取りに走りました。
「置いたまま行かなくてよかった!」
私はまたさっきと同じように右肩からバッグをかけて、
左腕に渓太郎を抱っこしながら車に戻りながら言いました。
「渓ちゃん、おうちに帰ろう!」
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Posted by なかみゆ/中村美幸 at 10:26│Comments(0)
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