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2012年10月26日

出版までの道のり・・・22

第5章が完成しましたicon12

闘病真っ只中の渓太郎と私の様子をご紹介します。

***** 以下、第5章からの抜粋です *****


・「今までだってずっとあったんだ・・・」


二回目の治療から三週間くらいまでは下痢や発熱、白血球の低下などのひどい副作用が続き、

渓太郎はほとんどの時間、ぐったりとベッドの上で横になっていました。

そんな渓太郎に私はぴったりとくっついて、そっと頭をなでながら自分で作った子守唄を何度も唄いました。

「渓ちゃん、渓ちゃん、大好きよ。

渓ちゃん、渓ちゃん、かわいいね」。

「渓ちゃん、渓ちゃん、大好きよ。

渓ちゃん、渓ちゃん、かわいいね」。


繰り返し繰り返し唄ってあげると、渓太郎は安心した顔でウトウトとします。

「渓ちゃん、ゆっくり休もうね」。

優しい笑顔で渓太郎をみつめながらも、心の底ではまったく別の言葉をつぶやいていました。

「渓ちゃん、ごめんね・・・」。

私が唄う「大好きよ」「かわいいね」は、本当は「ごめんね」の代わりの言葉でした。

私は静かに子守唄を唄いながらも、心の中では罪を償うように叫んでいました。

「渓ちゃん、苦しいことばかりして本当にごめんね」。

「渓ちゃん、健康な体に生んであげられなくて本当にごめんね」。

でも、それは私が決して口にすることができない言葉でした。

(もし私が「ごめんね」と言ってしまったら・・・

渓太郎は、

「なんでお母さんはこんなことするの?」・・・

「お母さんはどうしてぼくにこんなに苦しいことをするの」と思ってしまうだろう・・・)。


抗がん剤治療を始めてからは、私は自分に誓っていました。

「ごめんね」と言う言葉を決して自分の中から出さないと・・・。


激しい副作用も、治療から三週間が過ぎたころからはしだいに落ち着いてきました。

下痢も治り、食欲もではじめて、白血球の数値も正常に戻ってきました。

ベッドの上で渓太郎につきっきりだった私が

(これでやっと、家族控室に行って食事が摂れるなぁ。今日はちゃんとご飯を食べよう)

と思っていると、いつものように佐藤先生が午前の往診にやってきました。

「おじゃましまーす」。

元気になった渓太郎は「きゃ、きゃ」と言って答えます。

「あー、渓ちゃん、元気になったね。白血球の値も良くなったしね」と言って、

先生はベッドの上にあったウサギのお人形を渓太郎の目の前で振って遊びだしました。

「渓ちゃん、渓ちゃん、ウサちゃんだよー」。

先生がウサギのフリをして、ちょっと高い声で渓太郎に話しかけます。

すると渓太郎は「キャー」と言ってウサギを捕まえようとします。

するとウサギは、捕まらないように「逃げろー」と言って遠くに逃げます。そしてしばらくすると、また、

「渓ちゃん、渓ちゃん、ウサちゃんだよー」。

「きゃー」。

私は、そんな二人のやり取りを見ながら、

(先生は渓太郎のことが本当に大好きなんだな・・・。ありがたいな)

と思って、邪魔をしないように遠目で二人を見ていました。


しばらく遊んでいると、先生は思い出したように私の方を向いて言いました。

「あ!私、遊ぶために来たんじゃなかった。そう、そう!」

そう言うと、先生は胸のポケットから血液検査の結果が書かれた紙を取り出しながら言いました。

「もう白血球の値も上がったし、渓ちゃんもこんなに元気だから、

良かったら今日から二日間くらい外泊に行ってみますか?」

「ん?外泊?」

私は、渓太郎が退院するまでずっと病室から出れないと思い込んでいたので、

一瞬言葉の意味が理解できませんでした。

そんな私に先生はもう一度言いました。

「二日間くらいおうちに戻って過ごしてもいいですよ」。

「えー!そうなんですか?行きます!」

「じゃあ、今すぐに外泊許可書を書いてきますね。どうせなら早く行きたいもんね!」

そう言うと先生は、クルッと扉の方に体を向けてすぐに病室を出ていきました。

先生の白衣の裾が大きくフワッとゆれました。

(うわー、先生、かっこいい!)

私は先生の白衣が揺れるのを見るのが大好きでした。

それは、かわいらしい顔をした先生が、とびきりかっこよく見える瞬間でした。


先生が出ていくと、私は急いで外泊のための準備をしました。

まずは入院したときに持ってきたバッグをベッドの上に置きました。

渓太郎は(なにをしているんだろう)と言うような顔をして私の姿を目で追います。

「んー、必要なものは・・・。

歯ブラシや歯磨き粉は家にあるし、着替えも家にあるし・・・。

持っていくものなんてそんなにないなぁ」。

私は独り言を言いながら、大きなバッグの中に、とりあえず渓太郎の下着と洋服をだけを詰めて、

先生が来るのを待ちました。


しばらくすると、先生がヒラヒラと許可書を振りながら病室に入ってきました。私の前まで来ると先生は、

「お母さん。はい、外泊許可書」と言って、まるで賞状を渡す時のように、両手で許可書を差し出しました。

私も賞状を受け取るときのように両手で許可書を受け取りました。

「先生、ありがとう」。

【外泊許可書】

『 患者氏名 中村渓太郎

 期間  三月十二日~三月十四日

 行先  自宅』


「これを看護婦さんに出してもらえば外泊できますからね」。

「はい!もうすぐに行きます」


私は準備した荷物を右の肩からかけてから、左腕で渓太郎を抱っこしようとすると、

渓太郎はいつもと違う私のようすに

(お母さん、どうしたの?)というようにポカンとしています。

私は、そんな渓太郎を左腕に抱きあげながら言いました。

「渓ちゃん、おうちに帰れるんだよ!」

すると、渓太郎は意味が分かったのか、病室から出られることがうれしいのか

「きゃ、きゃ!」と言って大喜びをして、私の左腕の中で大暴れし出しました。

「渓ちゃん、ダメ、ダメ!落っこちちゃうよー!」


私はウキウキしながら病棟の扉を開けました。渓太郎も「ギャー、ギャー」といって興奮しています。

一刻も早く家に行きたかった私は、そんな渓太郎の相手をすることもなく、すぐにナースステーションに行って、

先生に書いてもらった外泊許可書を出すと、小走りで一気に玄関に向かいました。

途中、廊下ですれ違った桜井先生に、私は小走りのまま言いました。

「今日から外泊に行くんです!」

すると、先生は私の後ろ姿に向かって大きな声で言いました。

「渓太郎くん、良かったねー!」


病室から続く長い廊下を左に曲がると、広々とした病院の玄関が見えました。

するとその瞬間、私の足がピタッと止まりました。

(あ・・・あの時の・・・。

初めてこの病院に来た時に渓太郎と一緒に通った玄関だ・・・)。

私の気持ちがサーっと一気に静まり返りました。

私の体だけが、肩で「ハァ、ハァ」と荒い息をして、心臓がドキドキと早い鼓動を打っていました。

そのまましばらく、遠目に玄関の外を見ていると、なんだか外はもう別世界のような感じがして、

それより先に行くのをためらってしまうような感覚になりました。私は、ためらうような気持ちと心臓のドキドキが

少しおさまるのを待ってから、ゆっくりと玄関に向かって歩き出しました。

玄関の前まで来ると、大きなガラスでできた自動扉が開きました。

そして、その扉から一歩外に出たとたん、

「うわっ・・・」。

私は目の前に大きく広がる視界に圧倒されて動けなくなりました。

広々とした外の景色・・・。

遠くを見ると、上にも右にも左にも大きく空が広がっていて、

空の下にはきれいな山が左右にずっとつながっていました。

視線を少しずつ手前に持ってくると、田んぼや畑が広がっていて、

目の前には道路、街路樹・・・駐車場・・・。

私は立ち尽くしたまま、視界の中にあるものをひとつひとつ確認していました。

すると、なまぬるい風が頬に当たった瞬間、私はポロポロ、ポロポロと涙が流れて止まらなくなりました。

(ずっと、あったんだ・・・。

今までだって、ずっとあったんだ・・・。

こんな空も、山も、田んぼも畑も・・・。

きっと、今までだって何度も風に当たってきたはずだし、ずっとこうやって、自由に空の下を歩いていたんだ・・・)。

私は、研ぎ澄まされたキラキラと光る感覚に胸を突かれるような感じがしました。

それは鋭い痛みを帯びた感動で、

私はその痛さと胸が熱くなるような思いに、いつまでたっても涙が止まりませんでした。


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Posted by なかみゆ/中村美幸 at 21:33│Comments(0)
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